平和と希望のバラICANを守り育てるガーデンボランティア
多摩市立グリーンライブセンター・ローズクラブ

駅前の「秘密の花園」へ
多摩センター駅の中央改札を出て南へ徒歩5分、つきあたりにある神殿のような外観の文化施設「パルテノン多摩」を左に折れて進むと、木立ちの間に、ガラスの三角屋根が見えてきます。門をくぐりぬけた先は、四季折々の花咲く庭と、光あふれる温室への入口。2025年4月にリニューアルオープンしたグリーンライブセンターは、駅前とは別世界のような、ゆったりとした空気が流れています。

▲緑と花を眺めて心地よい時間を過ごせるお庭。山野草エリアや、市民が参加できるコミュニティーガーデンもあります
「グリーンライブ」とは、「みどりを中心とした市民の活動が生き生きと実践されていくこと」を意味する造語です。「花と緑の生活文化の創造」をメインテーマに、多摩市が「グリーンライブ構想」という名前で独自に打ち出したものです。その名を受け継いだここ、グリーンライブセンターで、広島からおくられたバラICANが大切に育てられています。
2021年、インターネット検索で「希望のバラ『ICAN』」(ピースボート)という記事を見つけた私は、春に初めてグリーンライブセンターを訪ねました。そして、やさしい緑と平和に包まれた空間にすっかり魅了されるとともに、その由来を知りたいという思いを強くかきたてられました。
出会いから3年を経て2024年秋、このICANを守り育てる人々に取材する機会に恵まれました。2025年、リニューアルオープン後に重ねた取材と合わせて、いただいたメッセージをご紹介します。

▲2021年当時、初めて出会ったICANのつぼみ
緑と平和の学び舎にやってきた希望のバラ
広島からおくられ、平和を願う人々に共有されることになったバラ、ICAN。多摩市のグリーンライブセンターにやってきた背景には、緑と平和を結ぶ、まるで必然のような物語がありました。
グリーンライブセンターは2025年のリニューアル前まで、多摩市と多摩市グリーンボランティア連絡会 、 そして多摩市内にある恵泉女学園大学の協働事業で運営されていました。恵泉女学園は、「聖書」「国際」「園芸」を柱とする独自の教育で知られています。平和の尊さを伝えるこの学び舎では、核兵器廃絶国際キャンペーンICANの国際運営委員でもある川崎哲さんが、大学院の平和学研究科で教鞭を執っておられました。
2017年、核兵器廃絶国際キャンペーンICANが、核兵器をなくす活動による平和への貢献をみとめられてノーベル平和賞を受賞します。このニュースに感銘を受けた人々のひとりに、広島のバラ園で数々の新しいバラを生み出してこられた育種家・田頭数蔵さんがいました。田頭さんは、寄り添って咲く新しいバラに、世界の若者が共鳴して核兵器をなくそうとする姿をかさねあわせ、平和への希望をこめて「ICAN」と名づけました。そして、核廃絶運動に役立ててほしいと、ICAN国際運営グループの川崎さんに寄贈を申し出ました。
一方、恵泉女学園では、ノーベル平和賞の授賞式を前に、被爆者の方々にも会場のオスロに集まっていただきたい、という川崎さんの思いがひろがり、募金活動が行われていました。2011年に非核平和都市宣言を行い、平和首長会議に加盟している多摩市の阿部裕行市長の協力もあり、平和の願いへの共感で歓迎されたバラICANは、まるで導かれるようにして2020年、恵泉女学園大学と多摩市にもおくられることになったのです。
恵泉女学園大学構内には、学園創立80周年記念事業である「花と平和のミュージアム」構想の一環で、2012年からつくられたKeisen Wild Rose Garden ~オーガニックの野ばらの庭~ というばら園があります。野生種のバラ(野ばら)で構成されるこのバラ園の中央には、「平和にちなんだバラ」コーナーがあり、ICANはここに「アンネのバラ」(Souvenir d'Anne Frank)、ピース(Peace)とともに植えられました。そして多摩市に贈呈されたICANは、誰でも見学が可能なグリーンライブセンターでも展示されることになりました。
コロナ禍を経ても変わらず、毎年咲き誇り、訪れる人々を迎えるICANを支えているのは、どんな方々なのでしょうか。
師の教えを受け継ぐボランティアのみなさん
2024年秋、改装のため仮移転中の事務所で、グリーンライブセンタースタッフの佐藤佐知子さんを訪ねました。
主にバラのお世話をされているのは、「ローズクラブ」という名前でボランティア活動中の十数名のメンバーということで、この日は大井桂子さん、戸出純子さん、清水明子さん、千田典子さん、樫村美枝さんの5名をご紹介いただき、お話を伺いました。

――グリーンライブセンターでの活動を始められたきっかけをおしえてください。
恵泉女学園大学で野村和子先生のバラの講座を受講したのがはじまりでした。5名とも、もともとバラを育てることに興味があり、実家にバラがあったり、バラの好きな家族がいたり、植物と縁がありました。
野村和子先生は、恵泉女学園短期大学園芸科の卒業生で、京成バラ園芸研究所にて「ミスターローズ」と呼ばれた鈴木省三氏の助手を長く務められた方です。Keisen Wild Rose Gardenの植栽を設計され、「バラに学ぶ」という公開講座の講師としても、ひろくバラの魅力を伝えてくださっていました。やさしい物腰の方でしたけれども、バラを育てることにこめられた熱量はいまも、先生に学んだ人々の間で語り継がれています。
2019年に惜しくも急逝されましたが、野村先生がグリーンライブセンターのために選んでくださったバラや、グラデーションのうつくしいデザインのお庭にも励まされるようにして活動を続けています。活動を始めてから数えると、メンバーはほぼ10年以上になります。
――ボランティアのみなさまが、野村先生の思いを大切に受け継がれているのですね。
バラの手入れはどのように行われているのですか?

▲ローズガーデンの一角に植えられたICAN。見事な花をひらき、新たなつぼみもたくさんふくらんでいました
活動は月2回、忙しい時期は毎週行っています。一年中仕事があります。枝の剪定や、花がら摘み、肥料を入れたり、草取りをしたり、赤玉土と牛ふんなどをブレンドする土作りなどもします。
冬になると鉢の土を変えるのですが、ふかふかの土に根が放射状にひろがるよう、60センチもある大鉢に植え替えるのは、力仕事で大変です。それでも毎年、開花のときをむかえて、つぼみが開くのを見守るよろこびは格別で、自分自身もエネルギーをもらっています。
バラはほんとうにいろいろな種類があり、それぞれ好きなバラが違うのも、個性があらわれておもしろいです。
通りかかった方から「いつもありがとう」と言っていただいたり、近くの園の子どもたちが遊びに来て「お花きれい」と言ってもらえるのもうれしく、励みになってます。

▲ローズガーデンの奥にはブランコやロッキングチェアがあり、子どもたちや常連さんにも人気の場所
――広島からやってきたICANを受けとられたとき、どんなお気持ちでしたか?
大きな箱に、苗が20鉢入って届きました。核廃絶への願いがこめられた特別なバラ、ということでしたが、まずは「咲かせなければ」と奮い立つ思いでした。
どのバラも平等に大切に愛していますが、ICANはやさしい色合いに癒やされますね。名前も、見た人がICANの後ろにいろんな動詞を当てはめられるところがすてきだと思います。葉っぱも色がきれいで、魅力のひとつですね。
世界には3万5000種ものバラがありますが、カタログから名前が消えていくものもあります。特別な思いのこめられたバラなので、絶えないように大事に後世に伝えていけたらと願っています。
――とくに大切にされていること、心がけていらっしゃることがありましたらおしえてください。
来てくださるみなさまにとって心地よい場所であるように、この憩いの場を守っていくことです。
ここは一年中どの季節でも、バラだけでなく四季折々の花と緑を絶やさないようにしています。ベンチもたくさんあって、お散歩で立ち寄られる方、スケッチブックを持って絵を描きにこられる人や、俳句を作りにくる人、ただぼーっとしに来る、という方もいらっしゃいます。コロナ禍で閉館していた間も、入口だけでも見ていただけるよう、鉢植えを展示していました。
ICANはとくに、バラが好きな方以外も、平和の花ということで見に来てくださいます。
緑に触れると心がうるおい、土とかかわることで体も元気になります。私たちにとってもかけがえのない場所ですし、自分自身も楽しみながら、これからもこの場所を守っていきたいです。

▲2025年5月も、温室の入口では鉢植えのICANが出迎えてくれました
――はじめてグリーンライブセンターを訪問した春、駅前にこんなにやさしい花と緑のあふれる「秘密の花園」があることに驚きました。今回お話を伺って、その秘密をほんの少し、おしえていただいたように思います。訪れる人を誰でもあたたかく歓迎するこの場所の心地よさは、敬愛する師からバラへの愛を受け継いで丹精されているボランティアのみなさまと、それを支えるスタッフのみなさまのお心づくしの賜物なのでしょう。
そして、その背景には、独自の「グリーンライブ構想」を持ち、非核平和都市宣言をしているまち・多摩市に、恵泉女学園大学という、緑と平和を尊ぶ貴重な学び舎があり、リニューアルされて運営が変わっても、その教えを守り伝え、支える人々の尽力がありました。
ICANにこめられた平和のメッセージととともに、このやさしい緑に触れる幸福感が、より多くの方に伝わり、共有されますように。お話をおきかせくださったスタッフとローズクラブのみなさま、おつなぎくださった方々、ご協力ありがとうございました。

▲植えかえられたばかりの緑が、これから成長していくのが楽しみです
リニューアルオープンされたグリーンライブセンタースタッフと
ボランティアのみなさまからのメッセージ
多摩市は「健幸まちづくり」をすすめているまちです。
リニューアルを機に、みどりと環境の拠点として、コミュニティガーデン&ファームプロジェクトなども展開しながら、より市民のみなさんが関わりやすいとりくみをひろげていきたいと思っています。
新しくなったグリーンライブセンターに、ぜひいらしてください。
多摩市立グリーンライブセンター
ICAN ほか、四季折々の草花を見ることができます。植物の相談受付、各種講座も開催
所在地:東京都多摩市落合2-35 多摩中央公園内
開館時間 :9:30~17:00(月曜・年末年始定休)
アクセス:京王線・小田急線・多摩モノレールの
多摩センター駅より徒歩7分
公式サイト:https://tama-glc.jp/
取材・編集協力(敬称略)
グリーンライブセンタースタッフ/高野義裕・佐藤佐知子・中川京子
ローズクラブ/大井桂子・戸出純子・清水明子・千田典子・樫村美枝
恵泉女学園/土屋昌子 恵泉女学園同窓会/原嶋夕佳 花と平和のミュージアム・バラ園運営委員会/高橋理以
多摩市/公園緑地課、平和・人権課
ピースボート/川崎哲・松村真澄
参考文献
『多摩グリーンライブ構想』平成元年5月 住宅・都市整備公団南多摩開発局