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「センス・オブ・ワンダー」を伝え続けるレイチェル・カーソン研究者

上遠恵子 さん

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レイチェル・カーソン作品の翻訳をとおして、そのメッセージを伝えてこられた上遠恵子さんのインタビュー。後編は『センス・オブ・ワンダー』日本語訳誕生の経緯と、いま次世代に伝えたい平和への思いについても伺います。

『センス・オブ・ワンダー』を日本の読者へ伝えていくこと

1980年、上遠さんはアメリカへ、レイチェルゆかりの地をめぐる旅に出かけます。
ピッツバーグの生家、ペンシルバニア女子大学、メイン州の別荘、そしてレイチェルの友人たちを次々に訪ねて交流しました。
レイチェルは亡くなっていましたが、ページの向こうに思い浮かべていた風景や人物に、現実の存在として向かい合った感動は、どれほど大きかったことでしょう。
生家の階段は、ゴトゴトと音を立ててのぼるような木造の簡素なものだったそうで、
「ほんとうにここで暮らしていたんだなと思いました」
旅の思い出を、上遠さんはいまもなつかしそうに振り返ります。


そして帰国後、『海辺』『潮風の下で』の翻訳を次々に手がけた先に、新たな作品との出会いが待っていました。
それが『センス・オブ・ワンダー』です。
もとは「あなたの子どもに驚異の目をみはらせよう」というタイトルで雑誌に掲載されたエッセイで、膨らませて本にしたいという希望が叶わなかった遺作を、友人たちがレイチェルの死後にまとめたものでした。


意外なことに、この『センス・オブ・ワンダー』の翻訳は、上遠さん自身が企画したものではありません。存在を知ってはいたものの、「自分が翻訳するなんて思いもよらなかった」と上遠さんは語ります。
依頼してきたのは、当時児童書の出版社に勤めていた若い男性編集者だったそうです。
学生時代に授業で『センス・オブ・ワンダー』を知り、深く心を動かされた彼は、いつか自分の手でこの本を出版したいという夢をあたためていたといいます。
晴れて編集者となり、その夢を実現するために、上遠さんに声をかけてきたのでした。

ところが、翻訳にはひとつ大きな問題がありました。
"The Sense of Wonder"
主題でもあるこのタイトルを、日本語でどう表現するか。
『生命の棲家』作中では「驚異の感覚」と訳していましたが、原書をじっくり読み返すうちに、上遠さんも何かがちがうと感じるようになります。
自然に触れたときの驚きや感動、生命への畏敬の念。

子どもが目を輝かせるような発見のよろこび。それらを一言で表せる日本語が見つからなかったのです。
ある人は「感応力」という言葉を提案したこともあったそうです。けれども、それもしっくりきません。

そこで、上遠さんと編集者は決断します。

「もう、そのまま英語でいこう、と」

装丁も、英語のタイトルを前面に打ち出したものでした。

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『センス・オブ・ワンダー 』レイチェル・カーソン 著 上遠恵子 訳 佑学社刊

いまではカタカナのタイトルもめずらしくありませんが、当時は相当に斬新で冒険的な方針だったのではないでしょうか。

けれども現在、「センス・オブ・ワンダー」という言葉そのものがひろく受け入れられています。

レイチェルが作品にこめたメッセージのエッセンスを、そのまま読者に届けたい――その一途な思いが読者に届き、ひろがっていったのです。

​2000年には『センス・オブ・ワンダー レイチェル・カーソンの贈りもの』というドキュメンタリー映画が企画されました。制作にも協力し、光と風を映しとるうつくしい映像の中に、朗読者として出演することになりました。

一年をとおしてメイン州の別荘を訪れ、その四季を体験しながらメッセージを吹きこむ撮影中には、レイチェルの存在を間近に感じる体験もあったといいます。

おなじころ、新たに出版されたレイチェルの伝記の翻訳にも取り組むことになりました。

日本語版で約800ページにもおよぶ大作への挑戦です。

「いろんな人に助けてもらいました」

その道のりを、上遠さんはそう振り返ります。

こうして、やってくるものを受けとめていくうちに、レイチェルのメッセージを伝えていくことが、上遠さんのライフワークになっていったことがうかがわれます。

そこには、自分が『沈黙の春』を書くしかない、と決心し、たくさんの専門家の協力を得ながら執筆を進めていったレイチェルの姿が、かさなって見えるようです。

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『レイチェル -レイチェル・カーソン『沈黙の春』の生涯-』 
リンダ・リア 著 上遠恵子 訳  東京書籍刊  

言うまでもなく、一冊の本は、一人の力だけでは生まれません。
レイチェルの遺したメッセージを形にしたいと願った友人たち。
生前から彼女を支え、その生涯を伝えようと尽力した編集者。
日本でその思いを受けとめた学生と出版関係者、そして翻訳者と協力者たち。
受け継がれた思いが、また次の人へと手渡され、思いが重なって形になり、さらにまた新たにひろがっていく。
それはきっと、レイチェル自身も願っていたことではないでしょうか。
『センス・オブ・ワンダー』は、版元が変わり、新訳が出されたいまも、このタイトルが受け継がれています。

いまこそ、「戦争ってなんだ」と問い続けるために

上遠さんが少女時代に体験した戦争から80年以上が過ぎ、『センス・オブ・ワンダー』が日本で出版されてから、30年以上がたちました。
環境破壊と汚染は深刻さを増し、世界ではいまなお、戦争や紛争が続いています。


上遠さんは、「いまレイチェルが生きていたなら、絶対に『戦争をしてはいけない』というキャンペーンに入っていたと思う」と語ります。
そして、晩年のレイチェルが、ベトナム戦争や水爆実験にも心を寄せていたことについても触れました。
「レイチェルにしてみれば、あの事件はとても大きかったと思うんです」


1954年、ビキニ環礁で行われた水爆実験によって被曝した第五福竜丸の乗組員、久保山愛吉さんの名前は、『沈黙の春』にも登場します。
レイチェルが『沈黙の春』を書いた背景には、農薬などの化学物質による環境汚染だけでなく、核実験による放射能汚染への強い危機感もあったのではないか――
上遠さんはそう考えています。
そして、環境破壊の問題をたどっていけば、そこには軍拡や戦争との関わりが見えてきます。
「それはもう、絶対に平和でなければ、考えられないことです」

『センス・オブ・ワンダー』発売当時、上遠さんは書店に行って「センス・オブ・ワンダー」はありますか?」とたずねたことがありました。
すると店員さんは、書名を「『戦争ってなんだ』ですか?」とたずね返してきたそうです。
思いがけない聞きまちがいでした。けれども、上遠さんはいまも、いいことを言ってくれた、と受けとめています。
「センス・オブ・ワンダーの精神っていうのは、『戦争ってなんだ』、と問うことだと思うのね。絶対に平和を大切にする、戦争とは全く真逆の感覚」


自然の神秘さや不思議さに目を見はること。
地球の美しさについて深く思いをめぐらせること。
自分もその生命のつながりの一部であることに気づくこと。
そうした感性は、相手を力で支配しようと争う考え方とは対極にあります。
そして、今こそまさに「『戦争ってなんだ』ということを考えなければいけない時代だと思う」とも。
戦争を実際に経験されたうえでのこの言葉には、レイチェルが『沈黙の春』の最終章で訴えた「べつの道」という言葉も重なって思い出されます。

いまわたしたちは分かれ道にいる。わたしたちはずっと高速道路を走ってきた。快適でスピード感に酔うこともできた。しかし、行き着く先は破滅だ。もうひとつの道は、人はあまり行かないが、この道を行くときにこそ、自分たちが住んでいるこの地球の安全と生命を守ることができるのだ。

ジンジャー・ワズワース著 上遠恵子訳 

『レイチェル・カーソン[沈黙の春]で地球の叫びを伝えた科学者』訳者あとがきより引用

 

最後に、次世代へのメッセージをお願いしました。
上遠さんは少し考えてから、こう語りました。

「平和でなければいけない、戦争は絶対にだめだという信念を、自分の中に持つこと」

わたしたちのように実際に体験していない世代は、「平和が大切」と思っているつもりでも、上遠さんが実際に体験した戦時下の生活の悲惨さと平和のありがたさを、本当の意味では理解できていないかもしれません。時代の空気に流されたり、行動しても何も変わらないと、無力感におちいってしまったりすることもあるでしょう。
それでも、と上遠さんは強く言葉を重ねました。

「うまく世の中を渡るよりも、少し不器用でもいいから。ときには、理解されなくてまわりの人とごつごつぶつかってもいいから、自分の考えをね、しっかり持った方がいい。戦争は絶対にだめだという信念を、持ってほしいなと思います。強く意見を言うことはできなくても、平和運動に協力するとか、サポーターになるとかね」

たしかに、表立って自分の意見を主張はしなくても、署名に協力したり、情報をシェアしたり、ささやかでもできることはたくさんあります。
「センス・オブ・ワンダー」は、単なる自然観察のすすめでは終わりません。
「もし、これを二度とふたたび見ることができないとしたら?」
生命の輝きに心ふるわせる感性は、そんな問いを前にして、やがてその生命を守りたいという願いを呼び起こすでしょう。
その願いは、自然に対してだけではなく、社会のあらゆることにアンテナを張りめぐらせる強靱な精神となって、行動する勇気にもつながっていきます。


重い病やバッシングと闘いながらも、『沈黙の春』で「べつの道」を示してくれたレイチェル。
戦争の時代をくぐりぬけてレイチェルに出会い、「センス・オブ・ワンダー」をひろげてこられた上遠さん。
ふたりが伝えてくれたメッセージを受けとったわたしたちも、センス・オブ・ワンダーをみがき、問い続けたいと思います。
「戦争ってなんだ」
「生命が輝く平和な世界のために、いま、自分にできることは?」
これからもこの星で、自然とともに、生きていくために。

 

協力

レイチェル・カーソン日本協会

主な参考文献

レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳『センス・オブ・ワンダー』佑学社/新潮社
レイチェル・カーソン著 青樹簗一訳『沈黙の春』新潮社
ポール・ブルックス著 上遠恵子訳 『生命の棲家』/『レイチェル・カーソン』新潮社
リンダ・リア著 『レイチェル レイチェル・カーソン「沈黙の春」の生涯』東京書籍
ジンジャー・ワズワース著 上遠恵子訳 『レイチェル・カーソン[沈黙の春]で地球の叫びを伝えた科学者』偕成社
レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳『海辺』平河出版社/平凡社
レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳『潮風の下で』ヤマケイ文庫
上遠恵子著『レイチェル・カーソン いまに生きる言葉』翔泳社
上遠恵子監修 レイチェル・カーソン日本協会編 『13歳からのレイチェル・カーソン』かもがわ出版
上遠恵子編著 『センス・オブ・ワンダーを語る』かもがわ出版
上遠恵子・子安美知子著 『いのちの樹の下で エンデとカーソンの道を継ぐ』海拓舎

フランク・グレアム・ジュニア 著田村三郎・上遠恵子 訳『サイレント・スプリングの行くえ 』 東京同文書院

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